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最近のゲームはつまんない

救急車で運ばれるほど のめりこむゲームはどこに

NintendoDSのBASIC環境"プチコン"はプログラミング言語としてオブジェクト指向がないし、可変の配列もなく不自由を感じる。ネットの情報でも不満を言ってる人がいる。でもそういう限りのある環境(昔の8ビットの環境)では、何を生かして何を捨てるかという選択が行われるので、面白いゲームの温床となる。

(※プチコンでは1次元配列は可変ですが、2次元以上の配列は可変ではありません)

逆に言うと開発者の利便を図り過ぎると、面白さのための選択がされなくなるので、余計なものが多く含まれたつまらないゲームが世に出回り業界の衰退につながる。開発者はサービス(面白さの選択)を忘れ自分のプログラミングの楽しみに夢中になってないだろうか。

画家には画材セットは必要なく、紙と鉛筆さえあればいいのだ。ゲーム開発者にはオブジェクト指向も可変の配列も、処理速度も美しい映像も必要なく、入力(操作)と出力(表示)のシンプルな仕組みさえあればいいのだ。それいいすぎ。

自分は説教が好きだな…。

貧乏であれば貧乏な中で幸せを探すだろう。それは本当の幸せが厳選されているのであり、裕福であれば 本当はいらないモノに囲まれ、本当の幸せに出会う確率が大幅に下がるのだ。地上の星は裕福な生活の中へ消えていった。

発売待ちの行列を作ったり、ゲームしすぎで救急車で運ばれたり、そういう面白いゲームは広大な記憶装置や美しい映像の中に消えたのだ。

いや、コンピューターの性能の良さが悪いのではなく、コンピューターの性能が良くなって、本当に面白いものは何かを考えるきっかけ(限られた性能の中、本当にに面白いものだけを残す作業)がなくなったんだな。

だからコンピューターの性能がすごく良い中、本当に面白いものを探す作業を行っている人は、今でも面白いゲームを世に出しているかもしれない。

プチコンのように8ビットの性能に限定することで面白さが出ることを期待するのも一つの良い手だが、本当に面白いものに厳選する作業はいずれにしても必要なのだ。


救急車で運ばれるほどの面白いゲームは、以上で述べた「コンピューターの性能向上にともなう面白さの厳選作業の喪失」と、「きびしくなった倫理にメーカーが委縮しながらゲームを作っていること」などが原因で、世に出なくなりました。あと、

ガンダムの原作者の富野由悠季がアムロの声優を、そうじゃない!と言ってぶん殴ってそれで本当に良い演技をしぼりださせた、というエピソードがあります。(漫画で読みました)

最近はそういう しかって絞り出すというのはパワハラとなってしまった。

世の中のルールは甘くする方向へ流れ、そして人間自体も厳格さのない甘く優しい性格の人が多くなったようです。監督者が製作者に対して甘くなってしまったんです。つまらないものにNOと言えず、つまらないものを世に出すようになってしまった。私自身もカラオケボックスを営業していたときに、アルバイトたちが作る、どこかかたむいた、素人が作るようなチョコレートパフェについて厳しくNOと言えませんでした。訓練させたいと思い会社に提案しましたが貧乏事業だったので実現されませんでした。それがすべてではないがそれにより消費者が失った部分があり、本当に面白いゲームが世に出ない理由の一つです。「バカヤロウ!!」とコック長が怒って見習いを鍛えるか、それとも整備されたカリキュラムで料理人を育てるか。世の中はカリキュラムを整える方向です。(私は誰かのカミナリに魅力を感じますが、私自身はカリキュラムを作るタイプです)


うちの母が言っていました。

「むかしのトマトはそれはもう本当においしかった」

最近のトマトは農薬や害虫対策などにより、そのおいしさを失ったようです。おいしさを取るか、安全を取るか。世の中は安全を取ったようです。ゲームも例外ではないとしたら?

家庭菜園でとれる野菜は新鮮で、お店で売っているものよりもおいしいです。この例にならえば、今面白いゲームは、メーカーが作るゲームではなく、メーカーズ(プロに通じる無料ツールや安価なツールを駆使して、メーカー製品に匹敵するようなゲームを作るアマチュア)のローカルなゲームかもしれない。

「そうだよ!これなんだよ!」とプレイヤーがうなずくゲームはあなたが作るんです。


▲現代人はロマンを忘れていない


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